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2016-06-17

御霊神社(上御霊神社)

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 応仁の乱が起こったことでも有名な、上御霊神社へ行ってきました♪
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由来★
 平安時代が始まってしばらくしたころ、天変地異が相次ぎました。
 その頃は、悲運に見舞われ、恨みを持ってなくなられた方が怨霊となり、さまざまな災害を起こすといわれていました。
 なので、彼らの魂を丁重におまつりすることによって、御霊とすれば、おさまっていただけるのではないかと人々は考え、神社にお祀りしました。
 そのために創建されたのが、御霊神社です。
 奈良時代末期から平安時代初期の御霊をお祀する上御霊神社、平城天皇の皇太子で謀反の罪に問われた伊豫親王をお祀りする下御霊神社があります。
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★御霊会
 神社では、神様となっていただいた御霊を慰める鎮魂の儀式が行われました。
 御霊会というものです。
 上御霊神社では、5月1日から18日まで行われます。
 17日、18日は屋台も出て、とてもにぎわいます。
 京都にはあちこちで御霊会が行われますが、上御霊神社が発祥といわれているそうです。
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 重厚な門構えと、連ねられた提灯。
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 門をお守りされるお二方。

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 手水舎。
 竹筒からお水が出ているのですが、水面すれすれです(^-^;
 溜まったお水を使うタイプですね。

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 境内は、とっても緑が多いです。
 森の中を散策している気分。
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★応仁の乱
 室町時代の終わりを告げ、戦国時代を招いたといわれる紛争。
 将軍足利義政の跡継ぎ問題に斯波・畠山両管領家の相続争いが絡んで長い戦いとなり、京都・朝廷の権力が失われたといわれていますね。
 1467(応仁1)年の1月、畠山政長が上御霊神社に陣を構えたのが乱の始まりとされています。
 当時、上御霊神社の杜はとても広かったそうです。応仁の乱のために小さくなったといわれています。
 京都人が「この前の戦争が」というと、応仁の乱を指すと都市伝説に言われますが、そんなことはありません、、、(笑)

 朱印ですが、訪れたときにたまたま社務所が急がしそうで、声をかけられなかったので確認できませんでした。
 近いうちに頂きに参りたいと思います。

神様
<本殿八座>
崇道天皇(桓武天皇の弟で皇太子。藤原種継暗殺事件に連座して流罪され亡くなる)
他部親王(光仁天皇の息子。母親の井上内親王が夫である天皇を呪ったといわれた事件に連座して幽閉され亡くなる(15歳))
井上皇后(光仁天皇の妻。夫とその姉を呪ったとされて幽閉され亡くなる)
藤原大夫神(藤原広嗣。藤原式家初代の長男。大宰府に左遷された後反乱を起こす。)
文屋宮田麿(従者の讒言により冤罪を着せられて流罪される)
橘逸勢(空海・嵯峨天皇に並ぶ書の達人。謀反の罪を着せられ、非人と名づけられ、流罪され亡くなる)
火雷神(六柱の荒魂)
吉備大臣(吉備真備?(日本の陰陽道の祖とされ、怨霊を鎮めることができるといわれた)諸説あり)

創建
794年(延暦13年)

参詣時間
 規定無し

授与所受付時間
 9:00~17:00

有料施設
 規定無し

最寄り駅
 地下鉄烏丸線「鞍馬口」下車、徒歩約5分
 市バス(4)「烏丸鞍馬口」下車、徒歩約5分

住所
 〒602-0895 京都市上京区上御霊前通烏丸東入上御霊堅町495

電話番号
 075-441-2260

webサイト

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genre : 旅行

tag : 京都 神社

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